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名古屋地方裁判所半田支部 平成7年(ヨ)18号 決定

主文

一  債務者は、別紙物件目録一記載の土地上に建築中の、別紙物件目録二記載の建物につき、別紙乙山邸北側面図、同東側面図及び同二階平面図の各青斜線部分で特定される部分の建築工事をしてはならない。

二  債権者のその余の申請を却下する。

三  申請費用は債務者らの負担とする。

理由

一  争いのない事実

債権者(七三歳)は、その所有する別紙物件目録三ないし五記載の各土地上(以下被害土地という)に、同目録六記載の建物(以下被害建物ともいう)を所有し、同建物に昭和五四年から妻花子(六八歳)及び子一郎(三八歳)とともに居住している。

債務者株式会社丙川工務店(以下債務者会社という)は、不動産の建設、販売を目的とする株式会社であり、債務者乙山春夫(以下債務者乙山という)は、その所有する別紙物件目録一記載の土地(以下本件土地という)上に、債務者会社を施工業者として、別紙物件目録二記載の建物(以下本件建物という)を建築しようとしている。

二  本件申請の要旨

債権者は、本件建物が完成した暁には、被害建物に対する日照阻害、眺望阻害等が社会生活上受忍すべき限度を超えることを理由に、人格権に基づく妨害排除請求権を被保全権利として、債務者らに対して、本件建物の建築工事の全部禁止を求め、予備的に一部禁止(その詳細は、債権者の「申請の趣旨の予備的追加の申立」書記載のとおりであるからこれを引用する)を求めるものである。

三  主たる争点

本件建物による、被害建物に対する日照阻害は、受忍限度を超えるか。

四  争点に対する判断

1  受忍限度を超えるか

(1) 被害土地及び本件土地は、いずれも第一種住居専用地域に指定された区域の範囲内に存し(当事者間に争いがない)、近隣はほとんど任層住宅が建てられている住宅地である。

(2) 本件建物と行政規制との関係

本件建物の軒の高さは、七メートルを超えていないので、本件建物は、建築基準法の規制対象にはならない。したがって右規制違反の問題は生じない。しかし本件建物の落とす日影(午前八時から午後四時までの時間帯における日影に限る。以下日照阻害状況等に関しては同じ)をみるに、本件土地の平均地盤面からの高さ一・五メートルの水平面で、かつ水平距離が五メートルを超え一〇メートル以内の範囲内において、本件建物が四時間以上日影となる部分を生じさせることが認められ、この日影時間のみをみると、建築基準法五六条の二及び愛知県建築基準条例九条の二の規制値に抵触する。

(3) 本件建物による日照阻害の状況

債権者は、被害建物に居住し始めて以降、今日まで、一年を通じて朝から日没に至るまで、ほぼ日照阻害を受けることなく、日照を享受してきた。

本件建物が完成すると、次のような日照阻害状況が発生する。

C点(被害建物一階南側開口部の一つで、債権者及び家族が日常生活の中で最も長時間生活する居間の南側)において、一一月下旬から冬至を経て一月中旬頃まで、日照が得られない。一月中旬の後半頃から日照が、五分間程度回復するようになり、二月上旬頃に漸く三〇分間程度回復し、二月中旬頃から同下旬の初め頃にかけて二時間半弱程度回復する。日照が四時間以上得られるようになるのは、二月下旬頃である。春分頃の日照阻害は、約一五分間にすぎず、その後夏至を経て秋分直前までは、日照阻害はない。秋分には、約一五分間程度再び日照が阻害されるようになり、それから徐々に日照阻害時間が長くなり、日照阻害時間が四時間を超え始めるのは、一〇月中旬頃からである。そして一一月下旬頃には、日照が得られなくなる。

B点(被害建物一階南側開口部の一つで、債権者宅の中央に位置し、南側に広縁が設けられている和室で、C点と並んで債権者及び家族が日常的に最もよく使用する)において、一一月中旬頃から冬至を経て一月下旬頃までの間は、日照が得られない。一月下旬の終わり頃から約一五分間、さらに立春頃からは、四〇分間程度それぞれ日照が得られるようになるなど徐々に回復する。四時間以上日照が得られるまでに回復するのは、二月下旬頃である。三月中旬頃から、日照阻害を受けなくなり、この状態は、春分、夏至を経て秋分まで続き、秋分を過ぎて九月下旬頃の終わり頃から、再び日照阻害が始まり、九月下旬頃には約三〇分間程度の日照阻害時間となり、日照阻害時間が四時間を超えるのは一〇月中旬頃である。そして一一月中旬頃には、日照が得られなくなる。

右の日照阻害の状況を量的に計ってみると、秋分から春分に至るまでの約半年間は、一年のうちで特に日照が必要とされるのに、右期間の午前八時から午後四時までの時間帯の累計日照時間のうち約七〇パーセント余りの時間の日照を失うこととなる。

以上の各事実及び本件建物全体の規模、構造、配置その他本件に現れた諸事情を総合考量すると、本件建物による被害建物に対する日照阻害の程度は、債権者にとって受忍限度を超えているものと認められ、したがって債務者らが、計画どおりに本件建物を建築、完成することは許されず、設計変更を免れない。

2  差し止めの程度

当裁判所は、主文掲記の範囲内で、建築の差し止めを命ずるのが相当と判断する。

その理由の主なものは、次のとおりである。

(1) 主文掲記の削減(設計変更)によって、前記1(3)の日照阻害状況は、次のように緩和される。

C点において、一月中旬頃より、午前八時すぎから約一時間三〇分ないし一時間四〇分間、日照が回復する。この結果、当初の計画では、一月中旬頃から二月中旬頃まで約一か月間の期間は、一時間未満の時間しか日照が得られなかったのが、右削減によって、右期間内において、約一時間三〇分以上二時間を超える程度の時間、日照を受けられることとなったり、四時間以上の日照が得られる期間の始まりが、当初の計画の二月下旬頃から同中旬頃に早まる等改善される。右時期に対応する年の後半の時期の改善状況も同様である。

B点において、二月になると午前八時頃から約三〇分ないし四〇分間日照が回復する。この結果、当初の計画では、一時間以上の日照が得られる期間の始まりが、二月中旬頃以降であったのが、二月の初めからに早まる等改善される。また右時期に対応する年の後半の時期の改善状況も同様である。

(2) 債権者の、主位的申請の趣旨の全面禁止は、もちろんのこと、予備的申請の趣旨の一部禁止も、これによって得られる日照回復の程度は、主文掲記の削減による効果より大きいが、当初の計画に対する設計変更の度合いが大きく、債務者乙山に強いる犠牲が大きいので、採用できない。

(3) 主文掲記の削減によっても、C点及びB点における、日照が全く得られない期間は、前記1(3)と同じである。しかし本件建物の二階部分全部の建築を禁止しても冬至においては、右各点において日照を得ることができないことに鑑みると、右の程度の日照阻害は、債権者において受忍するもやむを得ない。

主文掲記の削減によると、削減する二階の面積は約二七・二六平方メートルであって、当初の計画の二階全体の面積約一三〇・三四平方メートルのうちの約二〇パーセント強を占めるにすぎない。本件建物の二階の子供室や、洋室は広く、板の間やベランダ等も計画されていること等に鑑みると、右の程度の削減もやむを得ない。

3  保全の必要性

本件建物は、地下部分のく体部分の工事が完了し、地上部分のく体工事建築工事が始まるところで、本件審理が開始され、債務者が工事を任意中断している。しかし審理終結により、直ちに工事が再開され、完成すると、後日その一部を除去することは著しく困難であるから、保全の必要性が認められる。

4  立保証

本件建物の設計変更の必要性、その他諸般の事情を総合して、債権者に対し、債務者乙山のために一〇〇〇万円の立保証を命じ、債務者会社のためには立保証を命じないこととする。

5  結語

以上の理由により、主文第一項記載の限度で、債権者の本件仮処分命令の申請を認容し、その余は却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条ただし書、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 大浜惠弘)

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